クズ、渦、7年にして変わる。
「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」
「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」「自分は上手く行っている」
人と人との煩わしさよ。
ああ、でたらめにしちまえばいいんだけど。
そうもいかず という台詞が出るあたりまだまだぬるい男。
僕は中学校まで、感情を押し殺してきてどんな不機嫌になるような事を言われてもお腹の中に貯めて生きてきた。
部活での存在、友人間の存在、そこで放たれる悪意ある言葉。
立場、身分、目線、プライド、突き刺さる。
云わば僕は対した意志のないカラダを持って行っていたような。
そうやって世間様とうまくやる代わりに。
いつも身体はだるく重く、言葉の攻撃の度にずっしりとお腹と肩がやられていった。
学校へ行く時も足取りが重く、ずんずんと重力の塊の中に入るような様だった。
丁度、団葛の桜並木の入り口手前。
足を踏み入れるとキュウウと胃袋が締め上げられた。
一昨日の同窓会。
同じような態度をとる奴を殴りたい。と思ったりもすることもあった。
なんなんだ。怒りという感情の選択肢が僕には加わっていた。
いつのまに覚えたのか。
怒りなのか。よく言われる切れるというものではないのか。
これがなかったら僕は単なる平和な人でいられた。
同窓会も終わり、ふと思う。
この中学校、高校、大学と。やはり僕は変わった。
感情を出せるようになった。
ただ、それは僕にとって+に働いているか。
中で渦巻いているのはもっと怒りとかそんなもんじゃない、あぶないものではないのか。
あの頃と極端といえば極端な感情を持ってしまっているのかもしれない。
僕はバランスのとれない子なのかもしれない。
世の中と折り合いをつけてやっていけるのだろうか。
離れて生きる事もできない癖に「だろうか」等と使うな。馬鹿め。