これからは「よしよし」
女の子がよく「よしよし」ってされるのが好きなんだよねーと言う。
これはね、男も一緒な気がするんですよ。どこかね。
これからは「よしよし」萌えが人口の半分を占める気がするんだよ。
男性が弱体化してる時代ともいうし。
というか男だって女だって元はおかあさんに「よしよし」ってされて育ってきたわけだし。
全てを許し包む「よしよし」
素晴らしいんじゃないか?流行にしてこ。そして萌え。
女の子がよく「よしよし」ってされるのが好きなんだよねーと言う。
これはね、男も一緒な気がするんですよ。どこかね。
これからは「よしよし」萌えが人口の半分を占める気がするんだよ。
男性が弱体化してる時代ともいうし。
というか男だって女だって元はおかあさんに「よしよし」ってされて育ってきたわけだし。
全てを許し包む「よしよし」
素晴らしいんじゃないか?流行にしてこ。そして萌え。
あまり言及していいのかわかんないけれど。
いやはや「世の中狭い」というのが俺は好きな台詞なのですよ。
思わぬつながりというかですね。それを発見したときに出る台詞。
このHPでも「世の中狭い〜」がよくおきた。
mixiとかgreeとかもこういう面白さあるんですね、きっと。
んで、今日「世の中狭い〜」と思ったのは、ネットでのお友達が現実世界で別々に知っている人。一人は大学で仲のよい女の子。一人は免許の合宿で会った女の子。その子達と非常に仲がよいということ。高校が一緒だったみたい。
だから全然知らないようで全員ちゃんと知り合いの構図になっている。
いいね。こういうの。つながりって改めて大事。
つながる人が似たもの同士で、必然的につながっちゃうみたいのってあるかもだけどね。
自分が一番不幸だと思ってる奴と
自分には人と違ったどこか才能を持ってるはずと思ってる奴
似たもん同士な気がした。
自分にも当てはまる瞬間あるかも。
UZE
どっかで冷めてる自分がいるんだよね。
って話。
若かれし頃の話。
と俺が結構かぶる。
なんか、カメラ首から下げて
みたいなさ。あるじゃん。
こういうのをぶってるなぁみたいに
見てしまう自分。
素直に楽しめないんです。
楽しめたらいいのにね、とちょっと思いつつ。
冷静に見てしまう。
んで、最近そういうの入るんだったらもういっそやめてしまって
大学外のところに
弟子入りもありなのかなとか、正直思ってたりもする。
それは思いとどまれ。まだ考えることじゃないと親に言われた。
んー。。。
影を捨てきれない。
いや、影じゃない。表と裏じゃない。
そんな明確じゃなくて曖昧な位置においておきたい。
考えの発端は友ダチが俺についての一つ知らなかったことを知った瞬間から始まる。
そこで与えられたのは「友ダチの間の隠し事はいけないよね」という命題。
具体的な話はどうでもいいのです。
単に俺がいちいち人に言うのが面倒だったからだけなので。
言っていれば気を害することなく丸く収まっていただけの話なのです。
こういう書き方をしてしまう自分も「おとな」じゃないです。
発端は別にこれだけじゃない。
大学生活でもそうだ。
ここ数日の出来事も
考えを増長。
まぁ、上の話の以前の話。
友ダチという題名を使った人的な労働を強いられているのです。
それはさておき。
それより問題は捉え方なのです。
これをどう考えようか。
お互い知りえないものを抱えたまま探り合う緊張感なのか
それとも情報を共有しあう安心感連帯感がやはり友情なのか。
どちらともいえるのかもしれないし、どちらともそうでないのかもしれない。
今までは共有する、という特性がやはり強いという考え方をもってきたと思う。
何かを吐き出さなければいけない。喜んだときはそれを共有する。
俺はその特性を念頭に置いてそれを安売りにしてみせていた時期もあった。いや、今もかもしれない。
実際、高校時代の体育祭やらなんぞやらはそうやって人的なネットワークを築こうとしていたのかもしれん。
しかし、そこで吐かれたのはもしかしたら嘘のモノかもしれない。
一線を引いて、自分をさらけ出しているのかもしれない。
そこで、全て曝け出してくれ、と俺に声をかけるのは頼むから一寸待ってくれ。
ここで、一つの関係も考えられはしないか。
どこかの越えられない一線を保ち続けながらの境界の曖昧な関係。
見えない一面を保ちながら。相手を探りながら。そして自分を疑いながら。
俺はまだ揺らいでいる。んじゃないかと思う。
言葉にして固定することで必死に揺らぐのを抑えようとしているのかもしれない。
揺らぎの末端をピンでとめるみたいに。
「僕はこうなんだ」「僕はこうなんだ」「僕はこうなんだ」
ピンは刺さる。
揺らぎにおびえピンを刺す行為。
必要な行為なんだろう。そうなんだろう。
安心という快楽なのかな。知らぬ間に肉体の中に進行している。
防御力を高め押さえ込む
笑顔と、言葉と、なんやらかんやらで。
装いも新たかに。
しかしこうやって考えてみるならば、言葉に出して吐き出していたものが嘘だったわけではきっとないのだろう。
もちろん事実ではある、でもそういう意味ではなくてだ。
自分の中に置いての位置づけが問題で、それはきっとまたこの言葉で片付けようとしてしまうのは苛立たしいが、曖昧なものなきがする。
今日は憶測的な語尾やらなんやらが多い。
こんなこと書いてる自分が一番気持ち悪いし、自分とおさらばしたいと思ってやがる。
何を考えようとしていやがる。
今日は肩甲骨が不敵に軋むなぁ。
「ぁ」でまた自分の言い切りの恐ろしさをもみ消しやがった。
変わらないのは俺が愚図なことだけだな。相変わらず。
俺の活動意欲って性欲が邪魔してる気がするんだが。
前にもいったかもしれないが、手淫してるのとエロ画像収集にどれだけ時間を無駄にしているのだろう。
その時間を調べモノ等の知識面に充てていたらどれだけ勉強になったのだろうか。
なんということだ。
俺のエロを誰か取り除いてくれ。
このパソコンも支配されてしまう。
嗚呼もうだめだ。エロエロエロ。
風邪引いた。鳥インフルエンザかしら。
なんかさ、俺がこういうのが好きだとか趣味はこうですだとか
こんなアーティストのファンですだとか
なんか気恥ずかしい。
いや、なんかそれで塗り固めてるとなのかもしれないけど。
自分が本当に好きなものじゃないものを無理に好きになろうとしてるところに気恥ずかしさがあるのかもしれんが。
というか好きなものを羅列することでなんか自分を決めてる気がしてさ。
それっていかがなものよーと。いやでも隙だったら好きでいいのかね。
こういうことかいてる自分にも気恥ずかしさが残ります。
あしきりって言葉ってあんまいい言葉じゃないよね。
国立の「あしきり」ってよく言うけどさ。
まったくもってどいつもこいつも幸せに見えますね。
基本的に俺が好きになった女で俺を振った人はみんな幸せになってる。
楽しそうに彼氏と笑って歩いている。
不幸せ効果を持つこの僕でございます。
ああ俺を選ばなくてよかったねと。伝えたい。
いや伝えなくてもいい。
ひっそりとしておくべきだね。
やっぱり思うんだけど、不幸に巻き込まれてしまうような運命というか、いや運命じゃない、サイクルのようなものを持ってる人がいるよね。
別に不幸という不確実なものに責任を転嫁してるわけじゃなくて、そのサイクルは自分のなんらかの物に起因してる気がするわけです。
何か変な人と付き合ってしまうって人周りにいません?
大概いるでしょ。
その不可思議なサイクルがどうして起こるか気になる。
趣味が悪いというだけの話なのだろうか。
俺はなんかこう自らをダメな道というか、自分の身体がどうでもよくなってしまう瞬間というのがある。
こっちに踏み入っては一般的な人道をはずれてしまうよ、という方につい身を寄せてしまう。
堕ちていく自分にほんの少し酔いながら。
これって演技的なものでもあるかな。なんだろうね。
予備校で、大をするときに便器が生暖かいとげんなりする。
最近は殺菌やらなんやら色々設備があるらしいが、そんなのより前の人のぬくもりをどうにかしてほしいものだ。
だから俺はあの便器があったかいシステムも気に入らない。
ガラガラの漫画喫茶なのになんであったかいんじゃボケと思ったらそのぬっくい機能だった。
逆にキンキンになるまで冷やして欲しいもんだ。
やっぱり夏は枝豆とキンキンに冷えた便器だね〜っていいたいね。
トラウマ。だ。
便器は基本的にどうあるべきなのだろうか。
便器の蓋は開いてるべきか、否か。
おそらくフォーマルなスタイルは閉じている状態なのだろう。
しかしだ、このフォーマルなスタイルは恐ろしさを持っているように思える。
公衆の便器は大人数が使用する。
つまり前回の人が何したかわからないものを蓋を自らの手で開けて確認しなければならないのだ。
こんなに恐ろしいことがあるだろうか。
何があるのかわからないのだ。
もしかしたら底にへばりついているかもしれないし、
それ以上の惨劇が待っているかもしれないのだ。
嗚呼トラウマ。
ワールドカップのイメージキャラクターが
NEWS
という奴らなんだそうだ。
どういうイメージでそうなったのかはっきり説明してもらおうか。
ふう。これだけよ。ただのアイドルイベントみたいでむかつくな。
特に後ろでオウイぃえーとかいってる奴。
ひっぱたけよ、誰か。
俺は結構他人の言葉を食って生きているわ。
愚痴やら、怒りやら不満やら全部聞いて受け止めてうなずいて。
わからないけど少しはやわらいでるのかもしれない。わからないけど。
うわべではそう言ってくれる。ああ傲慢だな。
なんだかよく知らないが、精神的に聞くってことは相手のためになるそうだ。
その言葉たちを食べた俺は
気がつくと、共鳴して苦しい。後からじっとりと。
ああ重たいなあおなかが膨れるな。
消化には時間がかかる。時間が消化の作用を持っていますね。よくそういわれますね。
あー吐き出せたら楽なのにね。
ま、トイレもないし、とりあえずは太るか。
日能研のいわずと知れたかばん。
最近10時くらいに大船につくのだが、すごくこのかばんを見かける。
モノレールに乗ると、つい彼らの会話に耳を傾けてしまう。
彼らのイジメ(悪口か・・・?)は実に受験生らしいものだ。
まだ小3くらいの子が「お前の偏差値なんか35だー」
とかいいながらいじめている。
こんな光景も見かけた。
なんだか知らないが、Nバックを持った子と親が歩いていた。
親は一方的に子供にガミガミとしかりつけていた。内容はわからない。
それを子供はまったく上の空で聞いていない。
親は「そうやってまた聞かないフリをするの!ちゃんとわかったら返事をしなさい!」
「うん・・・」
「返事ははっきりとしたハイでしょう」
「ハイ・・・」
なんともまぁ。恐ろしい限りだ。既に乖離の現象が始まっているかのような態度だった。
なんか、まとまった主張はないけど怖かったな。
自分の小さい頃なんてって思うとね。
ある日自習室に肌の露出度の高い女が座った。
背中が丸出し。裸みたいなものだ。
こういう場合透明なブラ紐をつけていらっしゃることが多い。
これは果たしてエロいのか。
きっと透明だから見えてないだろってつもりで透明にしてるわけではないだろう。
彼女はきっと「透明は見えても大丈夫だから」とおもってつけているわけだ。
つまり、透明だということは社会的に見て大丈夫つまりエロくないと認知されているということではないか。
一般の人間が「ブラジャーの紐」であることにどきっとする瞬間があるはずだ。
少なくとも俺はそうだ。
しかし透明のものには興奮しないのはやはり、作られた概念が男のエロ組織を反応しないようにしているのだろうか。
おそらく透明のブラの紐をエロの対象としての「ブラジャーの紐」と認知していないようにされてしまっているのだろう。
あったりまえーじゃん!
でも俺はやっぱりブラジャーが好きです。
ふう。結局ここも欝日記になっていくのかな。
こういう子というとはいみせつけみたいなね。始まりましたみたいなね。
うざいうざい。
知ってるんだなぁこうやてかくことでなぐさめているんだな。周りを巻き込むなとだから最低なんだなだからそれもしっているんだよなわかってるんだよね。あはい。
心配して秒なんでそゆはいそうでしょうね。そうなのかもしれませんけどもういやですねえはい。これまた。ぼくはどこへいってもだめみたいですね現実世界でもねっとのせかいでも疎まれていきていくのですかねなんかだめですねえほんとうにまったくどうしてこれは。あああああああしっぽだせよなぁほんとああーぶすですよ僕はそしてあんたも偉そうなくちをきかないでくれなにをおれにさとせるんだよおいわからねえなあそれはさあこういうことかくときぶんわるくなるからかかないでくれとじゃぁなんだもうだめかこれはあああおれはえろだからいけないんだえろくなかったらもっとうまくやっていけるのにああおとこってばかだねえこれまたどうしてさそしてだきょうのおニみたいなかんじでとりあえずずっとねっとというしゅだんに逃げているかんじだったりするでしょうだってめっせんじゃとかみればわかるでしょうそうやってわからせるようにしてるってなんだよなきもちわるいおなぐさめがほしいんですかってかんじですよねうざいですねーこのこだからともだちになんかなりたくないのによくいっしょにいてこまることあるんですよねーひだくんって何か頭可笑しいときとかあるしまったくこまったこですねぇほんとうにまったくもうなるしすととか楽観的なひとて最強ですよねこれはもううらやましいってそんなひとよのなかにいないわけでだからこうしてみなさまこのげんだいにくるしんでいるわけでもりもりやきそばがたべたいなあじゃぁ今日はこれであしたからちゃんとしたにっきかくよまぁこれもおれだからさこういうのみるのふゆかいだからとかいったらもっと僕はたのしいおかおになっていくとおもうのでよろしくおねがいします
最近悪い意味で現役を意識しすぎているみたいだ。
一言一言にびびりすぎ。
自分は自分なのは重々わかってるのだがね。
自分がどれだけたかまるかなのにね。
自分自分いってうざいです。
ね。
僕自分がすきなのかも。大嫌いなだけね。
色々あったはずだけど忘れた。
やっぱさデジカメ持ち歩いて、ネタになるものはとっておくべきだよな。
すげーいつも日記のネタになるとおもって忘れる。
なかなか昼のイトーヨーカドーは楽しいね。
まあ、コピーをとりにセブンイレブンいってきた。
なにせうちの近くにはコンビニが無いもんで。
いちいちバイクでいきますのよ。
っで、ファンタのメロンソーダを買って、はいっと出す。
「145円になりまー」
ちゃりーん。
「お釣りとレシートになりまー」
「ありがとうぎざいまー」
ってっめええええええええええええええ
なんで「す」がいえねぇえんだよおおおおおお!
せ せ す する すれ せよ
復唱しやがれこのぉおおおおおおおお
最近、どんどん嫌いになる講師がひとりいる。
御釜&毒舌&知的キャラで売っているらしい。
んで、誹謗中傷を繰り返しながら授業している。
まぁ頭いいんだろうなとは思います。
的を得てるなって思う発言も結構ある。
で、まぁ一般の階級をクズと切り捨ててるわけですわ。
とりあえずほとんど見下して生きてるわけですわ。
俺はそういうの苦手。
もし自分が上の階級とやらにいるならもっと淡々と自分のすべき事を追求してったほうが。
と思ってしまう。あくまで俺の理想かもしれないが。
いちいち下を見て「下衆!」っていう必要がないような。
一時、スポーツ新聞みたいな低俗なものが、って言ってたけど・・・
自分は芸能人をネタにして誹謗中傷してる。
なんだか似たようなもんだなぁとか。思うときがある。
それを聞いて笑っている生徒達もある意味「自分はある程度上の階級にいる」っていう変な自覚があるから笑えるんだろうなぁ。
「あたしはそんな話関係ない、バカねクズども」と思ってるんでしょうね。
俺は笑えない。だって自分がクズだから。
怖いね。でも受験ってそんな見方が当たり前の世界。
鬱屈するね。
浪人コンプレックス。